医療・ヘルスケア領域では、近年どのような経営課題が大きくなっていると感じますか?
また、人手不足や人材確保に関するご相談も安定して多くいただいています。医療・ヘルスケア領域は、サービスの質を維持するために一定の専門人材が必要です。しかし、人材採用の難易度が上がり、人件費も上昇している中で、十分な人員体制を維持することが難しくなっていると感じます。

さらに、設備更新に関するご相談も増えています。医療機器や検査機器、業務効率化のための設備など、必要な投資はあるものの、投資額が大きく、補助金や資金調達を含めて慎重に検討したいというご相談です。
また、開業に関するご相談も一定数いただいています。病院、歯科医院、動物病院に共通する変化として、開業資金の増加と開業年齢の上昇があると感じています。
医療の世界では、技術の発展が日進月歩で進んでおり、新しい治療や検査手法が次々に生まれています。その分、新しい医療機器や設備が必要になり、開業時に求められる設備投資額も大きくなっています。
また、それらの医療機器や治療技術を十分に習得してから開業する必要があるため、結果として開業年齢も自然と上がっている印象です。その分、開業時から「失敗できない」と考える先生方が増えており、開業前の段階から事業計画や資金計画についてご相談いただくケースも増えてきたと感じています。
そうした経営課題がある中で、なぜ補助金が有効な選択肢になり得るのでしょうか?
ただ、私どもが補助金についてご説明する際には、単に「費用の一部が補助される制度です」とお伝えするのではなく、「事業のスピードを速めることができる点が、最大のメリットです」とお話ししています。
多くの場合、開業当初から100%理想的な設備や医療機器をそろえてスタートできるケースは、決して多くありません。実際には、まずは最低限の設備でスモールスタートし、事業の成長に合わせて段階的に設備投資を進めていく形が基本になると思います。
ただ、近年は開業費用が増加しており、開業年齢も上がってきている印象があります。さらに、人材確保も難しくなっているため、多くの歯科医院や動物病院では、院長先生、つまり経営者自身が稼ぎ頭として高稼働を続けざるを得ない状況も少なくありません。
そのような環境の中で、
「最低限の機器でスタートする」
「少しずつ売上を伸ばす」
「十分な資金が貯まってから、差別化のために高度・専門的な機器を導入する」
という流れだけに頼っていると、どうしても時間がかかりすぎてしまうことがあります。
そして、次の大きな投資ができる頃には、経営者自身の年齢が上がり、新しい高度医療や専門領域にキャッチアップすることが体力的にも時間的にも難しくなっている。あるいは、その時点で多額の投資を行うこと自体が大きなリスクになっている。そうしたケースも出てくると感じています。
だからこそ、経営者が実働できる限られた期間の中で、スピード感を持って事業を発展させるための選択肢として、補助金は非常に有益だと考えています。
本来であれば数年後にしか実現できなかった投資を前倒しし、事業の成長、サービス品質の向上、差別化、人材確保につなげていくための手段です。
特に医療・ヘルスケア領域では、良い設備や仕組みを整えることで、患者さんや利用者さんに提供できる価値が高まります。さらに、収益性が改善すれば、スタッフの待遇改善や採用力の向上にもつながります。
そういう意味で、補助金は単なる資金調達ではなく、事業を次のステージに進めるための経営手段だと捉えています。
ただし、すべての事業者様が補助金の対象になるわけではありません。たとえば、医療法人様の場合、中小企業向けの補助金では対象外となる制度が多くあります。制度ごとに対象者の要件は異なりますので、そこは必ず確認が必要です。
そのため、「補助金が使えるかどうか」だけでなく、「自社の法人形態や事業内容で対象になる制度はあるのか」「その投資が本当に経営改善につながるのか」という点から、早めに確認していただくことが大切だと思います。
補助金は「簡単に取れるもの」なのでしょうか。それとも「難しいもの」なのでしょうか?
特に、コロナ禍の給付金・助成金・補助金をきっかけに制度を知った経営者の方も多く、その場合は「比較的簡単に受け取れるもの」という印象を持たれているケースもあります。

実際、コロナ禍では、ものづくり補助金のような比較的大型の補助金でも採択率が高い時期がありましたし、補助金の返還要件についても、現在と比べると緩やかな運用がされていた面があります。
そのため、当時の感覚をそのまま現在の補助金に当てはめるのは、あまり適切ではありません。現在は採択率も下がってきており、十分な準備と、クオリティの高い申請書が必要になっています。
また、近年は返還要件も厳格化してきています。多くの補助金では、従業員の賃上げなど、一定の目標が設定されるケースが増えています。これらの目標や要件を守れなかった場合、補助金の一部または全部を返還しなければならない可能性もあります。
そういう意味では、「補助金は難しいものだ」と慎重に考えていただくこと自体は、むしろ正しい認識だと思います。
ただし、そのうえで強くお伝えしたいのは、補助金には、それでも挑戦する価値があるということです。
たとえば、営業利益率が5%の会社があるとします。その会社が1,000万円の補助金を得た場合、単純に考えると、2億円の売上を上げた場合と同じだけの利益インパクトを得ることになります。
もちろん、実際には税金や入金タイミング、補助対象経費の支払いなども考慮する必要がありますが、それでも通常の営業活動だけで同じ利益を生み出すことと比べると、補助金の効果は非常に大きいといえます。
補助金は返済不要の資金を得られる一方で、賃上げ目標など一定の条件を守る必要があります。つまり、金額だけを見て判断するのではなく、自社の規模、経営状況、今後の投資計画、要件を守れるかどうかまで含めて判断する必要があります。
たとえば、売上100億円を超えるような企業が100万円の補助金を取得する場合、それでも申請の手間や要件遵守の負担は発生します。そうなると、手間や管理コストに対して、得られるメリットが小さい場合もあります。
一方で、創業直後の小規模事業者にとって、100万円の補助金は非常に大きな意味を持ちます。設備投資や広告宣伝、業務効率化のきっかけとして、事業の立ち上がりを大きく助ける可能性があります。
ですので、補助金は「取れるかどうか」だけではなく、自社にとって本当にリターンが大きい制度なのかを見極めることが大切です。
一方で、制度の要件や採択後の義務を十分に理解せずに進めると、思わぬ負担になることもあります。だからこそ、最初の段階で「どの補助金を狙うべきか」「そもそも申請するメリットがあるのか」を整理することが重要だと考えています。
補助金を活用するうえで、特に注意すべき点や、失敗しやすいケースはありますか?
補助金は返済不要の資金を得られる手段として非常に魅力的です。
ただし、無条件で支給されるものではありません。国の政策目的に基づいて、さまざまな条件が課されています。
そのため補助金も、単に企業の設備投資を支援するだけではなく、**「賃上げなど、国が実現したい政策に積極的に取り組む企業を支援する制度」**という側面が強くなっていると理解しておく必要があります。
たとえば、直近のものづくり補助金では、従業員一人当たりの給与支給総額を年平均成長率3.5%以上で成長させることが求められていました。
年平均3.5%というのは、毎年積み上げていく必要があります。つまり、1.035倍、さらに翌年も1.035倍という形で、複利的に増えていきます。
5年計画の場合、単純計算でも最終年度には給与水準を2割近く引き上げる必要があります。
そのため、「何となく達成できそう」という感覚で申請してしまうのは危険です。
補助金を申請する際には、売上計画、利益計画、人員計画、給与計画を含めて、十分にシミュレーションを行う必要があります。
もし、事業計画上は売上や利益が伸びる前提になっているものの、実態としてその成長が見込めない場合、賃上げ要件を達成することが難しくなります。結果として、補助金の一部または全部を返還しなければならないリスクもあります。
だからこそ、補助金は「取れそうだから申請する」のではなく、自社の事業戦略や将来の収支計画と整合しているかを確認したうえで活用する必要があります。
ただし、賃上げ要件があるからといって、必ずしも企業にとってマイナスというわけではありません。
一方で、人手不足に悩む企業にとっては、賃上げは人材確保や人材流出防止のために、もともと必要な取り組みでもあります。
特に医療・ヘルスケア領域では、専門性のある人材の確保が非常に重要です。歯科医院、動物病院、クリニック、介護福祉事業者のいずれにおいても、スタッフの定着やスキル向上はサービス品質に直結します。
そのため、もともと人材確保や待遇改善のために賃上げを予定していた企業であれば、補助金の要件と自社の方針が合致します。そうした場合は、デメリットが少ない形で補助金の活用につなげることができます。
しかし、自社がもともと進めたい方向性と制度の要件が合っていれば、非常に有効な後押しになります。
重要なのは、補助金のために無理な計画を作ることではありません。
自社の事業戦略、投資計画、人材戦略に沿って、将来のシミュレーションに基づいた事業計画を立てることです。
そのうえで補助金を活用できれば、設備投資、人材確保、収益性改善を同時に進めることができ、補助金の効果を最大化できると考えています。
補助金は、正しく活用すれば事業を大きく前に進める力があります。
一方で、要件を十分に理解しないまま申請すると、後から大きな負担になることもあります。
だからこそ、申請前の段階で「本当に自社に合っている補助金なのか」「要件を無理なく達成できるのか」「投資によって収益性を高められるのか」を丁寧に確認することが重要だと考えています。
補助金は、事業を前に進めるための選択肢
特に医療・ヘルスケア領域では、設備投資、人材確保、サービス品質の向上など、避けて通れない投資が数多くあります。そうした投資を先送りにせず、適切なタイミングで実行するための選択肢として、補助金は非常に有効だと考えています。

一方で、補助金は無条件でもらえるものではありません。申請前の段階で、制度の要件、自社の収支計画、将来の賃上げや資金繰りまで含めて検討することが重要です。
補助金を「取ること」自体を目的にするのではなく、自社の事業をどのように成長させたいのか、そのためにどの投資が必要なのかを整理したうえで活用する。
その視点を持つことで、補助金は単なる資金調達ではなく、事業成長を後押しする大きな力になると思います。

中小企業診断士 獣医師